東京地方裁判所 平成元年(ワ)14748号 判決 1995年12月27日
原告
國際航業株式会社
右代表者代表取締役
友納春樹
右訴訟代理人弁護士
長尾節之
同
荒竹純一
同
野末寿一
同
千原曜
同
野中信敬
同
久保田理子
同
中村覚
右訴訟復代理人弁護士
青木秀茂
同
河野弘香
被告
下村博
右訴訟代理人弁護士
猪山雄治
主文
一 被告は、原告に対し、金一一億七五〇〇万円を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 本判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、原告の取締役兼経理部長であった甲野一郎(甲野)及び経理部次長であった乙山二郎(乙山)が、小谷光浩(小谷)による原告会社乗取りに対抗し、小谷グループから原告株式を買い取るためのいわゆる裏工作を被告らに依頼し、金員を交付した行為が、商法二九四条ノ二の株主の権利行使に関する利益供与に該当するとして、原告が同条三項に基づきその返還を求めた事案である。
一 争いのない事実等(末尾に証拠を摘示した事実以外の事実は当事者間に争いがない。)
1 原告は、測量、地質調査、海洋調査、環境に関する調査、土木及び建築の計画・設計・施工・管理等を目的とする株式会社であって、その株式は、東京証券取引所第一部(運輸)に上場されている。
2 小谷は昭和六二年、原告の株式の買占めを行い、同年七月中旬には小谷の影響下にある株主(以下「小谷側株主」という)が、原告の発行済株式総数の約四二パーセントに当たる約一六〇〇万株を買い集めるに至った。そして小谷は、当時の原告代表取締役社長桝山明(明社長)に共同経営案を受け入れさせ、同年八月七日、その旨の覚書を締結した(甲二一、二三)。
3 明社長は、右覚書を実行するのに必要な資金調達のため、甲野を取引銀行との融資交渉に当らせたが、各銀行の反対にあって小谷との共同経営を断念し、一転して甲野に自社株の防戦買いを命じた。その結果、明社長を支持する株主(以下「会社側株主」という)は、昭和六二年九月下旬には発行済株式総数の約五一パーセントの株式を確保した(甲二一、乙山証人)。
4 その後、第三者を介し小谷側からの株式買取りをめぐる交渉が行われたものの実現に至らないでいるうち、昭和六三年一月下旬、甲野は、政財界に人脈を持ち株式問題の裏工作のベテランであるとして、元山政治経済研究所代表の元山富男(亡元山)及び政財界研究所代表の被告を紹介された。亡元山は小谷の率いるコーリン産業との間で株の買占め問題を処理した経験があるということであった(甲一の一、八、一二の五、二六、甲野証人)。
5 甲野は、小谷の株買占めによる会社乗取りを防止し、明社長ら当時の経営陣による会社支配を維持するため、被告及び亡元山に対し、小谷からの株式の買取りを依頼し、被告らは共同してその依頼を受けた。
甲野及び乙山は、右目的のために、原告の経理部で管理していた原告の簿外資金を子会社等の名義の銀行口座から引き出して次のとおり被告らに供与し、被告らは共同でこれを受領した(甲一四の三、一四の四、被告本人)。
昭和六三年二月二日 一〇〇〇万円
同年二月八日 二〇〇〇万円
同年二月一九日 三億円
同年三月一〇日 二億円
同年四月六日 二億円
同年四月一一日 一億六五〇〇万円
6 甲野は、昭和六三年四月二二日ころ、小谷側に通じていた原告代表取締役会長桝山健三(健三会長)の強い要求により、原告会社取締役を辞任したが、その後も明社長の命により、乙山とともに小谷側株式の買取問題に従事していた(甲一三の四、甲野証人)。
7 昭和六三年六月二九日に開催された原告の定時株主総会において健三会長が小谷側株主に委任状を交付したため、小谷側株主が過半数を占めることとなったが、明社長ら当時の経営陣は、原告が右定時株主総会における小谷側株主の議決権行使を禁止する仮処分命令を受けることによって、同株主総会において経営支配を維持した(甲一三の四、一五の三、甲野証人)。
8 しかし、小谷側株主が原告の株式の過半数を保有する状態となったため、明社長らは小谷側株主からの株式の買取りを急ぎ、甲野及び乙山は、その意思に副って、さらに小谷側株主からの買取工作を進めるべく、前同様原告の簿外資金から、次のとおり被告らに金員を供与し、被告らは共同してこれを受領した(被告本人)。
昭和六三年七月一三日
一億三〇〇〇万円
同 一〇月五日 五〇〇〇万円
同 一〇月一八日 一億円
二 争点
1 被告らに金員を供与した主体は原告か甲野ら個人か。
(被告)
甲野及び乙山が被告らに合計一一億七五〇〇万円を供与した行為は、右両名の個人的な目的のために上司ないし取締役会の承諾を得ることなく行われたものであり、業務上横領罪に該当するとして、右両名は刑事訴追されている。甲野らの行為が原告の方針に基づくものでないことは、右刑事訴追に至る捜査の過程で明らかにされ、また原告による被害の申告がされていることからも明らかである。したがって、甲野及び乙山は、個人として被告らに利益を供与したのであり、「会社」が利益供与したのではない。
(原告)
供与の主体が会社であるというためには、供与が会社の負担に帰する行為であれば足りるところ、甲野の本件金員の供与が会社の負担において行われていることは明らかである。甲野及び乙山には業務上横領罪は成立しない。仮に甲野及び乙山の行為が業務上横領罪に該当するとしても、その態様は着服横領ではなく、業務上保管していた会社の金員を被告らへ交付した行為自体を横領と構成するものであるから、会社の金員が被告らへ供与されているという事実は、甲野らに業務上横領罪が成立することによって、何ら左右されるものではない。
2 被告らに対する金員の供与は「株主ノ権利ノ行使ニ関」するものといえるか。
(原告)
会社は「何人」に対しても「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益を供与してはならないのであるから、利益供与の相手方が被告らのように株主でない者であっても、商法二九四条ノ二の対象となりうる。
甲野らは、小谷側株主の株主総会における議決権行使により経営支配を失うことを防止する目的で株式を買い取るよう被告らに工作を依頼したのであり、株式の買取りは議決権行使妨害のための究極的かつ絶対的な手段であるから、買取工作を依頼して経費、報酬等を与えれば「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益供与を行ったことになる。
(被告)
被告は、甲野及び乙山から金員の交付を受けた前後ころ、原告株式を保有していないことは無論のこと、保有しようとさえしていない。また、被告は当時の原告の株主から利益供与を受け取ることを指定された者でもないし、原告の株主と特別な関係にある者でもなく、まして、原告の株主に対し影響力を有する者でもない。したがって、被告は「株主ノ権利行使ニ関シ」て供与される利益の受取主体とは到底なり得ない。
また、株式を買い占めている相手から株式を買い取ることができるように工作する経費の交付は、客観的に株主の権利行使に影響を与えるという関係はなく、金員を交付した甲野及び乙山の主観的意思においても右金員の交付により原告株式の権利行使に影響を与える意図は存在していなかったから、「株主ノ権利ニ関シ」て利益供与したことにはならない。
3 商法二九四条ノ二に基づいて被告らが原告に負担する債務は連帯債務か。
(原告)
商法二九四条ノ二は、会社の利益供与行為について、一定の要件のもとにこれを違法としたものであるから、民法七〇九条の特別規定である。したがって、複数人が共同して利益の供与を受けた場合、同法七一九条を類推適用すべきであり、共同で利益の供与を受けた被告らは、商法二九四条ノ二に基づき連帯して一一億七五〇〇万円の返還義務を負う。
(被告)
商法二九四条ノ二による返還義務は連帯債務ではなく、被告が受領したのは八億円であるから、仮に被告が返還義務を負うとしても八億円に限られる。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
前記のように、本件各金員の供与は、甲野及び乙山が、明社長ら当時の経営陣の意向に従って小谷側株式の買い取り工作を進めるため、原告の簿外資金から支出したものであって、甲野は六回目までの合計八億九五〇〇万円供与の当時は原告の取締役経理部長、その後三回合計二億八〇〇〇万円の供与の際も明社長の命により買い取り工作に従事していたものであり、乙山は終始原告の経理部次長のポストにあったものである。右各金員の支出自体についても、明社長らの少なくとも黙示的・包括的承諾はあったことが認められる(甲一二の六、一三の二・三、一四の二ないし四、一五の二ないし四、一六の二、三〇、甲野証人)。したがって、甲野らが横領した金員を個人的に供与したと見る余地はなく、本件各金員の供与が原告の負担・計算において行われたことは明らかであるから、商法二九四条の二第三項にいう「会社ガ」財産上の利益を供与した場合に当たる。
二 争点2について
商法二九四条ノ二第一項は、「何人」に対しても、会社は「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与することができないと規定しているから、供与の相手方は、株主や株主になろうとする者、あるいは、株主から利益供与を受け取ることを指定された者、株主と特別な関係にある者、原告株式の株主に対し影響力を有する者に限られない。これらの者については、「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益が供与されたとの法律上の推定が働き、あるいは、事実上の推定が働きやすいというだけであって、利益供与の相手方が何人であれ、要は、被告らに対する利益供与が「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」て行われたといえるかどうかである。
本件の場合、被告らに対する依頼の趣旨が、小谷が原告株式を保持することを前提として、その権利行使の妨害等を行うことまで含んでいたかどうかは、証拠上はっきりせず、一応、株式の買取りの限度であったと見るほかない。そして、株式の譲渡それ自体は、商法二九四条の二第一項にいう「株主ノ権利ノ行使」とはいえないから、会社が株式譲渡の対価若しくは株式譲渡を断念する対価として利益を供与する行為又は株式の譲渡等について工作を行う者に利益を供与する行為は、直ちに株主の権利行使に関する利益の供与行為に当たるものではない。しかし、右のような利益供与行為であっても、その意図・目的が、経営陣に敵対的な株主に対し株主総会において議決権の行使をさせないことにある場合には、権利行使を止めさせる究極的手段として行われたものであるから、「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益供与を行ったものということができ、商法二九四条ノ二に該当すると解すべきである。
本件は、明社長を中心とする当時の経営陣が、小谷側株主の株主総会における議決権行使により経営権を奪われることをおそれ、原告株式の防衛買い、さらには小谷側株主の株式の引取りに腐心するなど様々な会社乗取り防止策を講じ、その一環として、甲野及び乙山が被告らに対し、原告株式の買取工作を依頼し、その経費及び報酬として合計一一億七五〇〇万円の利益を供与したものである。したがって、明社長の意を受けた甲野らの利益供与の意図・目的は、小谷側株主の株式を買い取ることにより株主総会における小谷側株主の議決権行使をさせないことにあったと認められるから、甲野らは「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」被告らに金員を供与したものというべきである。
三 争点3について
商法二九四条ノ二第一項違反の利益供与は、強行法規違反であって無効であるから、会社は不当利得を理由として供与された利得の返還を請求することができると解されるところ、同条三項は利益の供与を受けた者の善意悪意あるいは利益の現存の有無を問わず、供与を受けた利益を会社へ返還しなければならないと規定して、一般不当利得の特則を設けたものである。ところで、本件において、亡元山及び被告は、共同して小谷側株主に対する原告株式の買取工作の依頼を受け、その経費及び報酬として一一億七五〇〇万円を受領したのであるから、亡元山及び被告が会社に対して返還すべき利益は、両名が共同で依頼された買取工作を行うという、原告にとって不可分的に享受する利益の対価たる実質を有するものである。そうすると、亡元山及び被告が原告に対して負う利益の返還義務は、その本質は不当利得返還義務であるものの、不可分債務であると解するのが相当であり、被告は、一一億七五〇〇万円の全額を返還すべき義務を負う。
(裁判長裁判官金築誠志 裁判官深山卓也 裁判官棚橋哲夫)